言語野に浸潤する腫瘍―その2

村垣 善浩、平澤 研二、山根 文孝、堀 智勝

東京女子医科大学 脳神経センター 脳神経外科


硬膜下電極による脳機能マッピングと覚醒下脳腫瘍摘出手術

 慢性硬膜下電極埋め込みによる脳機能マッピングは、てんかん外科でよく用いられている。てんかんの焦点を同定し、脳機能を損なわずその焦点を切除するために開発された方法である。全身麻酔下(全麻)で病変(この場合は脳腫瘍)とその周辺脳をカバーする大きさの1cm間隔の電極シートを硬膜下、脳表に設置し(図4A)、電極と脳や腫瘍との関係をMRIの表面撮影法や脳血管撮影で確認する(図4B)。またこのとき同時に生検を施行し病理診断を得られれば、摘出術の方針決定に役立つ。摘出術までの期間(1-2週間)に、電極刺激によって脳機能野の部位を同定し、電極からの皮質電位を記録し、てんかん焦点を同定する。運動野の電気刺激では筋収縮が誘発されるが、言語野の刺激では発声が途切れる。スクリーニングを行った後、機能野周辺では詳細なマッピングを行う(図5)。特に腫瘍陰影上に機能野がないかどうかが摘出時のポイントとなる。

 硬膜下電極によるマッピングの結果にもとづき、腫瘍摘出術を施行する。摘出術は静脈麻酔(プロボフォール)による覚醒下手術とする。全麻下でもSEPやMEPなどの運動に関する機能モニタリングは可能であるが、全麻下での言語モニタリングは存在せず、覚醒状態の患者で会話などで検査する方法しかないからである。また覚醒下手術では、硬膜下電極の結果を再度確認でき(図6A)、脳深部白質の重要な神経線維の損傷の有無を確認も可能である。実際は開頭後マッピングを確認した後、常に患者と会話をしつつ腫瘍摘出を施行する。この硬膜下電極と覚醒下手術を併用したマッピングとモニタリングにより安全に腫瘍摘出率を向上させることが可能になったのである(図6B、C)。解剖学的運動性言語中枢に存在した2症例は腫瘍全摘出し(図3、7)、島回に存在した症例は95%以上摘出し、全例術後の失語症を含めた欠損症状を認めなかった(図10)。

 硬膜下電極によるマッピングの最大の利点は、時間をかけ繰り返し検査できる点である。詳細で正確なマッピングを作成でき、てんかん焦点の同定や複雑な高次脳機能も検討できる。また術中マッピングは確認であるため短時間ですみ術者への負担が少ない。すでに埋め込み時に全麻で皮膚切開や開頭を行っているので摘出時の覚醒下手術で患者の疼痛管理が容易である。問題点は、2度の手術が必要なことと頭蓋内圧の高い患者には電極の圧迫が問題となる為使用できないことである。また長期埋め込みによる感染や髄液瘻などの合併症の可能性があるが、自家脂肪の埋め込みなどで対処可能である。

 覚醒下手術での術中マッピングで十分とする報告もある。しかしマッピングが根気と時間の必要な検査であり、また症例2(図7,8)のように硬膜下電極と術中Mappingと結果が異なることも経験し、我々は信頼性を高める立場から、硬膜下電極が必要であると考えている。将来、電極刺激によるマッピングに代わる正確で非侵襲的な脳機能検査が登場することを願うのみである。

       4A 4B

4C

図4、症例1 慢性硬膜下電極埋め込み術 A, 頭部単純XP 全身麻酔下でシート状の硬膜下電極を腫瘍と周辺脳上に設置 B, 表面撮影MRI SAS法で電極と脳回や脳溝との関係を同定する。

C, 症例1 脳機能マッピング 1-2週間で施行。運動性言語野(赤:腫瘍上方と前方の2箇所)、感覚性言語野(赤 腫瘍下方)、口腔周囲運動野(黄色)、感覚野(青   )、陰性運動野(紫)を同定した。腫瘍上に機能野は存在しなかった。

5A

5B

5C

図5、症例1 覚醒下手術による腫瘍摘出 A、術中機能マッピング 術前マッピングと結果が一致(赤が刺激により言語停止を示した部位) B, 腫瘍全摘出 会話で言語機能を確認しつつ腫瘍の全摘出を施行した。 C, 術後MRI 全摘出が確認でき言語機能に障害を認めず欠損症状なく退院。

図7、症例2 30歳男性。全身痙攀発作で発症。Area42に直径5cmの腫瘍あり軽度言語記憶障害を認めた。

図8、症例2 術前と術中マッピングの不一致 術前マッピングでは腫瘍上の電極刺激では全く症状を認めなかったが、術中刺激では言語呼称障害を一箇所(黄色ドーナツ)に認めた。清明で検査をした術前結果を基に全摘出を施行。術後新たな欠損症状はなく、術前硬膜下電極によるマッピングの重要性が示された。

10、症例4、   女性。主訴は頭痛。硬膜下電極と覚醒下手術で、腫瘍上に機能野が存在した症例。腫瘍後下方を刺激すると言語停止を示した。病理組織でも神経細胞と腫瘍細胞との共存が認められた。


術中MRIによる機能を温存した腫瘍摘出術

 悪性神経膠腫の患者に硬膜下電極を埋め込むことは、頭蓋内圧亢進を更に悪化させるため困難である。また機能野近傍の場合症状が既に出ていることが多く、脳機能マッピングは一般に不可能である。言語野近傍では失語症として現れるのであるが、その原因は大きく2つに分けられる。腫瘍の直接浸潤による神経損傷と腫瘍の圧迫による神経機能低下であり、後者の場合は圧迫解除により神経症状の改善が望める。すなわちこのような脳機能マッピングが不可能な症例に対する手術戦略は、脳機能が共存している可能性が低い腫瘍のみを可能な限り摘出し圧迫を解除することである。しかし従来の肉眼所見による手術方法では境界が不鮮明で複雑な形をした腫瘍のみを摘出することは困難で、周囲の正常脳を損傷する可能性が高かった。

 一方、我々は術中MRIが撮影可能なインテリジェント手術室を構築し、主に脳腫瘍手術の術中情報の客観化やデジタル化を行ってきた。この術中MRIを利用し摘出術を行うことで残存腫瘍の部位と容量を同定し、腫瘍のみを摘出しかつ摘出率を向上させることが可能になった。術前から失語症と片麻痺を呈していた2症例に、術中MRIによる摘出術を施行し90%以上腫瘍を摘出し術後失語症と片麻痺が改善し、自宅退院した(図9)。すなわち正確な腫瘍摘出により機能回復が得られたのである。


図9、症例3、78歳男性。運動性失語症と不全片麻痺を主訴とするBroca野近傍悪性神経膠腫の症例。全麻下で術中MRIによる腫瘍摘出術と術中放射線治療を施行した。術後失語症と片麻痺が改善し自宅退院した。

手術法の選択(表1)

 言語野近傍腫瘍に対する手術法をまとめる。頭蓋内圧亢進が軽度で、欠損症状が軽度の場合は、硬膜下電極のマッピングと覚醒下手術を施行する。頭蓋内圧亢進があるか欠損症状が重度の場合は、全身麻酔下で腫瘍摘出術を行う(症例3、5)。術中MRIは、機能温存と摘出率向上に非常に有用であるため、機能野近傍腫瘍では全例併用する。


おわりに

 神経膠腫の外科的摘出には、最大限の摘出と機能温存というジレンマが存在する。腫瘍が非機能野の場合は周囲の浮腫脳を含めた全摘出も可能であるが、機能野とくに言語野近傍の場合、重要なコミュニュケーションの手段である言語の機能温存が重視されるあまり生検や部分摘出に終わってきた。しかし本稿で述べたように、様々な新しい方法を組み合わせることで機能を温存しつつあるいは機能を改善し腫瘍を全摘出することが可能になってきた。すなわち機能情報は機能MRI、硬膜下電極、覚醒下手術による正確なマッピングから、構造情報は術前MRIやCT更に術中MRI画像から獲得し、客観的な検査結果に基づいた手術を施行するのである。特に、覚醒下手術と術中MRIは摘出中の変化を常に更新できるリアルタイム性をもったすぐれた方法であり手術チームを強力にサポートできる。

 今後の課題は、さらに非侵襲的で空間解像度の高い機能画像の開発と手術摘出時の“腫瘍表示システム”の開発である。前者は機能MRI画像自体の改善とともに神経線維(白質)を描出するMRI軸索撮影の実用化などが含まれる。後者はどこに腫瘍が残っているかを術中表示する方法のことであり、現在のナビゲーション技術(術者の道具の先端がどこにあるかをMRI画像上に表示するもの)とともに特殊な波長光をあて腫瘍を光らせる方法などが含まれる。すなわち取るべきものと保存すべきものを客観的なデジタル情報で直感的にわかる方法で術者に表示するシステムの開発が必要である。


文献

1、Broadmann K, Vergleichende Lokalisationslehre der Grosshirnrinde. J.A.Barth, Leipzig, 1909.

2、Ojemann G, Ojemann J, Lettich E, and Berger M; Cortical language localization in left, dominant hemisphere. : J Neurosurgery 71: 316-326, 1989

3、Roper SN, Levesque MF, Sutherling WW, Engel J; Surgical treatment of partial epilepsy arising from the insular cortex. : J Neurosurgery 79:266-269, 1993

4、Skirboll SS, Ojemann GA, Berger MS, Lettich E, Winn RH.; Functional cortex and subcortical white matter located within gliomas. : Neurosurgery 38(4) 678-685, 1996

5、村垣 善浩: OpenMRIとPRSナビゲーター.医学のあゆみ195(4)241-242,2000

6、村垣 善浩、平澤研一、山根文孝、今村強、丸山隆志、久保長生、堀智勝; 長期硬膜下電極埋め込みによるMappingを利用したEloquent Area近傍Glioma摘出術:第5回日本脳腫瘍の外科学会講演集、2001