ニュウテクノロジーの治療のへの応用

Vocare system

東京女子医科大学脳神経センター脳神経外科 堀 智勝

4−1はじめに
米国の国立脊髄統計センターによれば、毎年米国では7,600~10,000人の脊髄損傷患者が生まれ、世界的には低く見積もっても現在50万人の脊髄損傷患者がいて、毎年25,000人の新しい患者が出現すると言われている。
脊髄損傷後の膀胱直腸障害は患者の最も慢性的・不快な後遺症となり患者の社会生活を著しく阻害する。 何故ならば脊損後の膀胱括約筋の反射性収縮による失禁は、患者に多大の不便・不快を来す。 患者は失禁など排尿にまつわる事件が起きるのをおそれるあまり家から出たがらなくなる。 慢性の尿路感染・抗生物質の使用・カテーテルからの尿漏の恐れなどで疲弊してくる。この反射性失禁を無くし、自分自身の意志で排尿を可能にするにはどのようにしたら良いのであろうか?

 この疑問に答える努力は1954年以来研究されてきた。 直接膀胱を刺激する方法や脊髄の円錘・骨盤内臓神経や仙骨神経の刺激はどれも信頼のおける結果をもたらさなかった。 1969年Brindleyは馬尾神経レベルで仙骨神経を刺激する新しい装置を考案した。1978年この装置は人間に応用された。 現在では円錐部で後根切断により反射性膀胱収縮を廃止し仙骨神経を仙骨の硬膜外で捕らえ、刺激電極を設置し必要に応じて刺激して、残尿の殆ど無い良好な膀胱の収縮を得ることが可能である(Fig 1)。

Fig 1: Neurocontrol VOCARE systemの概要を示すシエーマで、Neurocontrol社より、出されている。

この治療法は上記のように英国などの欧州で始められ、次いで米国でも昨年の4月にFDAにて認可されている。 その治療法の原理はFig 2の図に示されている。 腹部皮下に埋め込まれたペースメーカー型の刺激装置からの間欠的(3秒間on6秒間off)電気信号が膀胱と尿道括約筋を収縮させるように働く(stimulation)。 膀胱活躍筋は平滑筋なので間欠的電気刺激によっても持続的に収縮しているが(bladder pressure)、尿道括約筋は横紋筋なので刺激中止後弛緩する(sphincter pressure)。結果的にこの圧差を利用して膀胱内容が排出される(Fig 2, poststimulus voiding, Fig 3-@ABC)。現在欧州では脊損患者1,400人以上にこの装置が埋設されている。この装置を制作しているのはクリーブランドのNeurocontrol社で、このシステムは VOCARE systemと呼ばれている。 英語でこの治療法を表現すれば、Implantation of anterior sacral root stimulators combined with posterior sacral rhizotomy inspinal injury patients.1)と表現できる。

Fig 2: Neurocontrol VOCARE systemの原理を示すシエーマ。 膀胱収縮筋は平滑筋で持続的収縮を来す(2段目Bladder pressure)。一方尿道括約筋は横紋筋であり刺激によりon-offを繰り返す。 この筋のoffの時に刺激後のpoststimulus voidingにより排尿が行われる。

Fig 3: 本システムによる排尿の様子を膀胱・尿道撮影で連続的に@ABCで示した。 
残尿の殆ど無い排尿が行われている事が明瞭に理解できる。

 このシステムの恩恵を受けるであろう患者数は、毎年米国では2,500人といわれているので、日本でも毎年1,250人位の患者に適応があると考えられる。しかし、日本ではこの治療法の存在さえ殆ど知られていない。 筆者は米国クリーブランドの脳神経外科教授高岡淑郎博士がこの治療法の治験に関わっておられ、FDAの認可後その治療例も急増していることを知り、日本でも是非このシステムを導入し、少しでも患者さんの治療ができればと思い、昨年Neurocontrol社の見学と、高岡先生の手術を見学させていただいた。 その結果本年の4月頃に本邦で第1例目の手術を高岡先生と施行する目途がつきそうである。 本稿では、私が手術を見学させていただいた症例を中心に、高岡先生・Neurocontrol社の許可を得て、文献による本治療法の適応・手術手技・合併症などをここに紹介する。
4−2
 本治療法の適応・適応外条件を下記に示す(Table 1)。適応条件は、@運動・感覚の完全損傷患者で少なくとも9ヶ月以上経過しているもの。A膀胱検査で排尿筋の収縮力が50cm 水柱以上。B最大膀胱容量200ml以上。C自己導尿を間欠的に進んで行える人。D膀胱尿管逆流がありうる。E腎機能の低下がありうる。F自律神経障害がありうる、などである。 適応外条件としては、@運動・感覚の不完全損傷患者。A脊髄損傷後9ヶ月以下。B膀胱検査で排尿筋の収縮力が50cm 水柱以下。C最大膀胱容量200ml未満。D腰仙椎の解剖学的異常があり椎弓切除術が不能。E褥創がある。F間欠的導尿が不能か、拒否。G反射性勃起を温存希望。H泌尿科的異常があり他の外科治療が必要。I未治療尿路感染などである。
4−3
症例の呈示
25歳の白人男性。 6年前の9月28日梯子から転落胸椎6・7番に骨折を来たして以来対麻痺となった。リハビリを受けた後独立して生活が可能となった。 膀胱は一日に4−8回の間欠的導尿で管理していた。 抗コリン剤(オキシブチニン一日30mg)の服用にも関わらず反射性失禁をしばしば起こしていた。 また患者さんは尿路感染をしばしば起こし抗生物質治療を行っていた。 さらに直腸の用手的刺激によって排便を行っていたが30−90分の時間がかかっていた。また時に便失禁を起こしていた。 
手術前の膀胱検査では室温の生食で膀胱を毎分30ccで満たすと反射性膀胱収縮が起こり水柱50cm以上の圧が得られた。 この事実は患者の仙骨遠位副交感神経は障害されておらず、本治療法に使用可能である事を示していた。上胸椎に側湾症が見られている。臀部の位置によっては下肢に痙縮が生じ不快感がある。臀部に中等度の皮膚の断裂があるが座位・側臥位の変更を行うことで治癒した。患者はクリーブランドメトロヘルス医療センターの脊髄損傷部門で追跡されている。
T6レベル以上での運動感覚障害は無く、上肢はかなり良い緊張を保っていた。T6/7間での完全対麻痺を呈していた。臀部を動かしても圧痛は無かった。臀部のレ線では亜脱臼変位と両側の股関節浅寛骨臼を呈していた。 この事に関しては観察を続けるのが良いという結論に達していた。
4−4 :システム埋設手術の概要
 手術は以下の概要で予定された。胸腰椎の椎弓切除を行い、円錐部への後仙骨神経進入部位で後根切断術(rhizotomy)を行う。 これにより反射性失禁が廃止され膀胱の容量とcomplianceが改善し、腎尿管逆流と水腎症が防止される。さらに仙骨の硬膜外で両側のS2,3,4神経に電極が設置される。これらの電極は皮下のケーブルを通して腹部皮下の刺激装置に連結する。 これにより膀胱収縮・排尿が刺激により可能となる。 術後の膀胱計測で反射性膀胱収縮はrhizotomyで消失し、皮下に設置した刺激装置により良好な膀胱の収縮が得られ、患者が望みの時に排尿が可能となり、残尿は少量となる。
4−5 :手術の詳細
. 手術は1999年12月7日に行われた。胸椎12番から腰椎1;2番目までの椎弓切除が行われた。次いで、仙骨後部をhigh speed drillで削除し仙骨神経の2,3,4を露出した(Fig 4a)。S1は露出しなかった。露出された神経のうち最大のものはS2であった。次いで脊髄円錐部における仙骨神経のrhizotomyに移る。 目標としてはS2の侵入部は終糸起始部より25mm上方。S2,S3の指標としてS2,3と思われる神経束を特殊な高感度電極でwrapし電位を増幅させ、臀部のscratchと膀胱を充満させ神経微小誘発電位を記録する(Fig 5)。膀胱に生食を入れ急速注入、流出を繰り返すと、それがdynamic potential として記録されるのでこれを圧モニターで記録する。終糸も切断、尾骨神経も切断しS2以下のすべての両側後根を切断し(Fig 6)、
complete rhizotomyを行う。Rhizotomy後に仙骨神経の刺激を行う。S2(Fig 7),S3、4で下肢の動き、血圧モニター、bladder 内に入れてあるcatheterに圧sensorをつなぎ膀胱内圧をモニター。 S3,S4,5の刺激では放屁。 下肢が動き、BPがあがらず、S2,3,4で膀胱の内圧が上昇した。これでS2,3,4の同定が終了した。
次に両側硬膜外に電極を設置する。 S2に一本、S3、4に一本両側に埋め込む(Fig3b)。そしてさらに刺激を行い確実に血圧が上がらずに、膀胱が収縮することを確認する。皮下に受容器を埋設し、皮膚を縫合する。 最後に刺激装置を用いて通常用いている刺激閾値でS2;S3,4 を刺激してこのシステムがS2;S3,4 刺激で膀胱の収縮が充分に得られること。そして血圧の上昇が起きないことを確認して(Fig 8) 手術を終了する。
この手術では、仙骨のextradural partのdrilling による露出, completerhizotomyS2, S3,S4,S5 尾骨神経・終糸などを完全に切断することが必要である、すなわちspastic bladderをatonic bladderにして、硬膜外で刺激電極を両側S2に各1本、両側S3+S4に 各1本implantした。 またsensory nerveが残っていると血圧が刺激によって上がるために、strokeを起こす可能性があり手術は失敗に終わる。またS2は非常に太く、終糸の起始部より25ミリ上方にあるが、S2で足のInversionがおき、S3(S2)は膀胱内圧の上昇により神経impulseが観察されるので確認できる、臀部をこするとS2,3にimpulseが生じる。S4,S5は小さいので判る。最初に一側で後根切断を行い、対側ではそれを対称的に行う。各ステップで細心の注意が必要である。
術後:術後第1日には術前に認められた反射性膀胱は消失した(Fig 8 左; 右上)。また刺激装置による排尿時膀胱内圧は十分に上昇し、尿道の流れも間欠的に認められた(Fig 8 右下)。また同時に計測した残尿は0であった。患者は術後刺激装置の使用法について十分に教育され術後2日目に退院した。

Fig 4 A: 左: 硬膜外でS2, S3+4 を露出したところ、S2は外側にあり太い、S3+4は内側にあり2つ合わせてもS2より細い。                                     B:右: S2左右に1つずつ電極を装着、S3+4を一緒に電極を装着したところ。 それぞれを刺激して膀胱内圧の上昇、下肢の動き、血圧のモニターを行い、血圧の上昇が無く膀胱の充分な収縮が得られ、排尿が行われることを確認する。

Fig 5: 上段:averaged electroneurogram(ave ENG)、 下段:bladder pressure(膀胱内圧)。硬膜内ではS2S3を一緒にして神経impulseを記録する。 下段の膀胱に生食を急速注入し、内圧上昇に伴いこのneurogramでS2+S3にimpulseが記録できることを確認する。 

Fig 6:硬膜内にて左posterior rhizotomyを行ったところでS2,3,4の切断端が見えている(矢印)。右のrhizotomyは左と対称的に行う。

Fig 7 術中刺激によるS2の右足のinversion plantar flexionが見られているところ。

 

Fig 8: S2の刺激で、血圧(下段)の増加無しで膀胱内圧(上段)が充分に上昇していることを術中にモニターして確認した。


Fig 9:この患者の術前・術後のcystometrogram膀胱計測図 左:術前のPves(膀胱内圧)、Pdet(排尿筋圧)、膀胱内容が増加すると反射性収縮がみられている。 右上(術後1日目のcystometryで反射性収縮は完全に消失している。右下:刺激によって排尿が行われている時の膀胱内圧(上段)、尿流量(中段)、排尿量(下段VH2O)。

4-6 考察

 脊髄損傷後の膀胱直腸障害は、尿管腎逆流などによる腎機能の障害、残尿による感染、反射性膀胱による失禁、間欠的カテーテルの必要性およびカテーテル周囲からの尿漏など患者にとって大きな障害となるばかりでなく、患者の生命予後の短縮など問題点が非常に大きい。1954年以来電気刺激による排尿の可能性について研究が進められ、1978年には初めて刺激装置の埋め込みが人において初めて成功した。その後多くの改善を経て現在欧州では臨床例が1400例を越えている1,2)。本邦ではこのような治療の存在さえ知られていないのが現状と言わざるを得ない。
本治療の問題点として後根切除術があげられる。後根が切除されれば反射性勃起・射精などが消失し、仙骨の感覚が消失する。しかし、上記反射性勃起・射精などは術前にすでに不十分であるし、さらに他の方法でこれらの反射を起こすことが可能である。また後根切除の利点として排尿排便機能が改善する;腎機能を保存する;自動的反射異常が消失する;尿流量が改善する;排尿筋・括約筋の協調不全が改善するなどがあげられる。現在この後根を保存しながら、十分な刺激による排尿機能をもたらす治療が模索されているが、このような理想的な治療が完成されるのも遠い事ではないように思われる。 一方、本治療の経済的側面を考察してみたい。手術前には毎年14,000ドル程度のコストが必要であるが、手術後は5,000ドル以下の医療費で済むことになり、手術による諸経費を計算しても手術後5~7年で手術例と本治療を行わない場合でのコストが同じとなり、その後は手術例が明らかにコスト面で有利となり、平均毎年9000ドルのコスト減少が得られている。
また患者の満足度を調査したところ95%の患者で本治療を行って満足していると答えている。 以上、本治療が日本においても一刻も早く導入され、脊髄損傷後の膀胱直腸障害の患者に福音がもたらされることを切望するのは筆者だけではないと思われ、関係各位の積極的な援助をお願いする。




Table 1 Vocare systemの適応・適応外基準
In- and exclusion criteria
Inclusion criteria
1) Motor and sensory complete lesion since at least 9months.
2) Detrusor contactions of >50cm H2O at cystometry.
3) Maximal bladder capacity ≧200ml.
4) Willingness to perform intermittent (self) catheterization
5) Vesicoureteral reflux could be seen.
6) Reduced kidney function could be seen.
7) Autonomic dysfunction could be present.
Exclusion criteria
1) Motor or sensory incomplete lesion.
2) Spinal cord injury for < 9 months.
3) Detrusor contraction of < 50 cm H2O at cystometry.
4) Maximal bladder capacity < 200ml.
5) Anatomical abnormalities of the lumbosacral spine preventing laminectomy.
6) Decubitus lesions
7) Refusal or impossibility for intermittent catheterization.
8) Wish for preservation of reflex erections.
9) Urological abnormalities necessitating other form of surgery
10) Nontreated urinary tract infection.
Literature
1) Egon G, Barat M, Colombel P, et al: Implantation of anterior sacral root
stimulators combined with posterior sacral rhizotomy in spinal injury
patients. Word J Urol 16:342-349,1998.
2) Van Kerrebroeck Ph EV, van der Aa HE, Bosch JLHR:Sacral rhizotomies and
electrical bladder stimulation in spinal cord injury. Eur Urol
31:263-271,1997.