「後頭葉」の役割はどのようなものか


東京女子医科犬学 脳神経外科

山根文孝

 後頭葉の機能は視覚を中心としたものである。後頭葉は小さく,小脳テントの上に位置し,大脳半球の後極を形成する。そして,後頭葉は内側面で特徴的構造がある。脳の”しわ”をみるとき,切れ込んだ部分と盛り上がった部分とからなっている。この切れ込みが脳溝であり,盛り上がりが脳回という云いかたをする。脳溝,脳回は個人差が大きいが,だいたい基本的原則は共通している。後頭葉の場合もだいたい基本的構造は共通で,以下のようである。
 前方の境界は頭頂後頭溝というきれこみがあり,それより前が頭頂葉である。この溝は外側からはその上端において認められるのみで,はっきりとしないが,内側面では明らかに認められる。内側でもう一本特徴的な溝が鳥距溝(トリにちなんだものかどうか,筆者はしらない。脳の解剖学的名称は他にも,黒質,赤核,海馬,オリーブ核など色,動物,ものに因んだユニークな名前が多い)である。これは後頭葉の後端から,前方で頭頂後頭溝に合流して,両者でY字形を呈している。鳥距溝によって楔部と舌状回の二つに分けられる。この鳥距溝の両側の脳回の皮質は一次視覚野(ブロードマンの領野で17野)といわれる部位で,視覚の一次中枢をなしている部位である。二次視覚野はその周囲に存在し,ブロードマン領野でいうと18野および19野がこれに相当する。
 後頭葉の特徴的な機能および機能障害を理解するには,視覚路(網膜から後頭葉まで伝導路)についての理解が不可欠で,以下簡単に述べる。視覚路は網膜から後頭葉の一次視覚中枢まで,各部位は正確に対応しており,ネコやサルの実験から,かなり詳細に研究がすすんでいる。視覚は網膜の視細胞にて光刺激をインパルスに変換し,視神経をつたわって,視床の外側膝状体に向かう。視覚は他の感覚刺激と相違し視神経から視床にいたる間で半交叉する。左目であれば,右半分(内側:鼻のほうの視野なので,鼻側といういいかたもする)からの網膜の線維が反対側にむかい,左半分(外側:耳のほうなので,耳側という言い方をする)の網膜からの線維が交叉せず,同側に向かう。外側膝状体にて左右の視野が交互に配置し、この部から、視放線という線維を後頭葉にむけて出している。視放線は側頭葉の内側面,内包といわれる線維群の後外側面から発し,やや前方に進んだ後に,後頭葉へと向かう。結果として,左右の半球の視覚野はそれぞれ同側の網膜の外側半分と,反対側網膜の内側半分からのインパルスをうけており,視野の反対側半分の視覚に関係する。(右の後頭葉は左半分,左の後頭葉は右半分の視界を担当している)視野の検査をおこなうことで,どの部位に障害があるのか(医者がよく行う方法。局在診断という)について重要な情報がえられるのもこの視覚路の特徴から明らかである。
 17野は鳥距溝の壁の脳皮質に存在する。この領域の皮質は特徴的で,新鮮な皮質の割面において,明瞭な線をみとめ,これを発見者に因んで,Gennariの線条といわれている。このためにこの領域は,有線野とも云われる。この部位の障害では,対側の半分の視野に欠損が生じる。すなわち障害側の反対の半分がみえなくなる。これを同名性半盲といういいかたをするが,この視野障害のパターンは視交叉以後の視覚路の障害によっても生じる。後頭葉障害の場合,中央の視野(網膜においては,黄斑部といって,視野の中心をなす重要な部位)は通常は欠損を見ない。これを黄斑部回避といって,後頭葉性の視野障害の特徴である。2次視覚領野は一次視覚領野からのインパルスをうけ,その意味合いを解釈する部位である。
 一側の障害では半盲であるが,両側の後頭葉が障害されると全盲が生じる。この場合,眼底は正常,また対光反射もあるという点が視神経や網膜障害との重要な鑑別点である。目が全くみえず,かつ眼底が正常である場合には両側後頭葉障害を考えねばならない。通常は血管障害,あるいは脳腫瘍まれに外傷によっても生じる。このような全盲においては,視力はまったくないのに,患者がわたくしは盲ではない,と主張することがある。これは,後頭葉由来の盲に特徴的で,皮質盲といわれることもある。これは,病態失認の一種で,多かれ少なかれ,頭頂葉障害も認められる。
 他に,後頭葉障害で有名なものが失認という現象である。失認とは対象がなにかを判定することができない状態をいう。日常用いているものをみせても,それが何であるかを分からないのが視覚失認である。そして,触らせたり,音を聞かせたりしてそれが何かが判明する。相貌失認は人の弁別,表情の理解ができない。これにっいては,サルの実験などから,かなり解析が進んでいる。字を読むことができないのが,失読である。これは,左後頭葉障害で生じる。後頭葉性失読は特徴的で,書かれた文字を指や筆でなぞらせると読むことができ,純粋失読とよばれているが,これは,視覚失認の一種である,頭頂葉性失読にみられるような失書を伴わず,自発書字は可能であるが,写字はきわめて困難である。これは,左後頭葉と脳梁の膨大部の両者の病巣でおきる。原因はやはり脳腫瘍,および血管障害である。
 視空間失認とは視空間の半側にある対象を無視(多くは左)することである。図を書かせると半側しか書かないので証明できる。両側性の後頭葉から頭頂葉の障害で凝視の注視麻痺は,Balint症侯群として記載され有名である。これは視線を随意的に動かすことができず,凝視しているところ以外に対する注意がきわめて低下した状態で,視線の周辺でのものの動きなどによって規線が動かされることはない,これと凝視したものをつかもうとして,患者が手を出すとき,大きく見当がくるうという症状(視覚性運動失調),さらに視覚性注意障害として視覚性刺激にたいする注意が非常に低下していて,注視したせまい範囲にしか注意をはらわない,という現象である。
 このように,後頭葉病変に由来する症状は多彩であり,視覚の関するあらゆる情報を整理統合して,意味あるものとして合理的に把握する部位ということができる。