図はタレラックの側頭葉てんかんの手術schemaである。 術前に深部電極を挿入し自然作を記録し、その所見をもとに外側の発作焦点がirritable zoneである海馬・扁頭体に伝播するので、外側皮質の皮質切除を行い、中脳水道レベルより前方までは皮質下の深部構造である海馬扁頭体を切除し中脳が露出するまで充分に切除する。 中脳水道より後方の白質を切除すると半盲をきたすので中脳レベルで皮質下構造の切除を留めるのである。
すなわち自然発作を深部電極で記録し、発作焦点、刺激亢進帯、てんかん性病変帯を機能障害が最小に押さえられる範囲で最大限の切除を行うのがタレラックの手術方針であった。しかし、内側側頭葉に焦点があるてんかん症例では最近の選択的海馬扁桃体切除術の手術成績は従来の前部側頭葉切除術と同じかより良いことを考えると、内側側頭葉に焦点があるてんかん(mesial temporal lobe epilepsy)では、このようなタレラック方式の手術や前側頭葉切除術は不必要で選択的海馬扁桃体切除術(selective amygdalo-hippocampectomy)で充分であると言えよう。
また、外側・側頭葉基底部にも焦点があるような症例ではOlivierが報告している図に示すように中心溝をまず同定し、次にprecentral sulcusを同定し、外側溝との交点付近の側頭葉の溝を後下方に辿る線を後方の限界とする側頭葉切除術で充分良好な成績が得られている。 この他にSpencerらの報告するAnterior Temporal Lobectomyがある(図)。Yasargilが考案した選択的海馬扁桃体切除術は経Sylvius溝法でありまず扁桃体の一部を切除して下角に入り、海馬を同定し選択的に海馬扁桃体を除去する方法であり、大変合理的な手術法であるが、@技術的に非常に困難な手術である。 またこの方法では前脈絡叢動脈の近位部から接近するためにA手術後に前脈絡叢動脈のれん縮をきたし、片麻痺などの後遺症が起きることも知られている。 さらにB前述のtemporal stemをこの方法では切断するために、選択的海馬扁桃体切除術といっても側頭葉先端部などからの情報が出入するstemを切除するので通常のtemporal lobectomyと同じであるとの考え方も可能である。C側頭葉下角を上方から接近するので下角を上方から取り囲むように走行している視放線を障害する危険がある。 Yasargilらは特にACについての成績を報告しておらず、RenowdenらがCについて報告している。 もっとも彼らは側頭葉の圧迫による視野異常と考察している。 Aについてはほとんど報告が見られないが、personalcommunicationで幾人かの術者からspasmによる片麻痺の経験を聞いている。
ではこれらの欠点を補いながら、選択的海馬扁桃体切除術を行う方法は無いものであろうか? 我々は選択的海馬扁桃体切除術を側頭葉下面から行う方法を考案し、腫瘍症例3例を含む20例に経側頭下アプローチを施行してきた。 現在のところ側頭下アプローチで最も問題になる過剰な脳圧迫による脳の挫傷やLabbe静脈の損傷による脳腫脹や血腫などを経験していない。 そこで本稿では我々の手術法を少し詳しく説明する。
@ 体位:患側を上にしたsupine lateral approachを用いる。 可能な限りVertex downにするが、頚部の伸展が過度にならない程度とする。通常図のようにchin upで後頭部が前頭部より下がった頭位となる。 A皮切:図のごとく耳介を囲んだ逆U字型の皮切とする。前方は硬膜下電極・深部電極を挿入したlinear incisionを利用する。 もし扁桃体の位置が中頭蓋かより高い位置(1.5cm以上上方)にある場合には扁桃体の除去が困難になるのでposterior petrosal approachを用いるために、皮切は毛髪線に沿って乳様突起後部に延長する。 B開頭:通常のsubtemporalapproachではテント上のみにburr holesを穿ち、posterior petrosal approachを用いるときにはcosmeticmastoidectomyを行い、後頭蓋窩まで開頭(craniotomy)する。
閉頭の場合にはチタンプレートなどを用いて、骨弁を戻しきちんと閉頭する。
Cアプローチの実際
硬膜は前回電極を挿入するための切開を延長し、∩字型に開頭部分一杯に切開する。 しかし、後方の切開はラッベ静脈が横静脈洞に入る点であるsinodural angleより後方に及ぶ必要はない。 むしろラッベが静脈洞内に移行する点より後方に切開することは禁忌といっても良い。 側頭葉の挙上をする際にラッベ静脈が牽引される場合には、側頭葉側面の硬膜の続きである錐体骨の骨膜をはがして、それをテント方向に切開し後方の硬膜片で側頭葉後部下面を覆いながら全体として挙上すればこのラッベ静脈の圧排を避けることが可能である。 また側頭葉下面に大きな静脈が中頭蓋窩の硬膜と架橋している場合にはてんかん手術の基本である、subpial removalを行うことにより、無用な架橋静脈の犠牲を避けることができる。 また中頭蓋窩より後頭蓋窩病変を手術する場合にはテント切開は必須であるが、その場合にしばしばテント内の静脈洞が異常に発達していて難渋することがある、従って本アプローチの初期の4例ではテント切開を加えて早期に迂回漕のくも膜を切開し髄液を吸引し、脳をslackにしていたが、その後の症例ではテント切痕を同定し、その内側の迂回漕でくも膜を切開し、髄液を吸引しても脳を充分slackにできるので、テントの切開は行っていない。
側頭下アプローチで側頭葉の損傷を避けるため2つのKey pointは@側頭葉を挙上するこの初期の脳圧排の圧が高くなりがちであるので、これを避けるためにテントと平行に顕微鏡の方向を保ち(術者が患者頭部の後方からテント切痕のスペースをlook upするようにアプローチする)初期の側頭葉挙上を最小限に押さえ、迂回漕からの髄液吸引を充分に行ってから、側頭葉の挙上の程度を上げることである。 Aまたラッベ静脈の損傷や圧排を避けるためには側頭葉の下面の硬膜を切開して側頭葉を後方の硬膜と一緒に挙上するのがこつである。
このようにして、脳をslackにして側頭葉をわずかに挙上するとfusiform gyrusが容易に同定できる。 脳表の静脈を避けて皮質を切開し側副溝方向に向けて皮質切開を進め、約1−2cmで側副溝に達したらさらに溝を上方にたどり、前後方向に吸引管で白質を吸引すると下角に達する。 この部分の操作がこのアプローチの困難な点であるが側頭葉下角が拡大している症例では比較的簡単に下角に達する。下角を充分に開き、海馬をその先端部から脈絡叢点(choroidal point)まで露出する。 海馬・嗅内野(傍海馬回)を中脳脚から挙上し海馬頭と脈絡叢点をれぞれ前端・後端として可及的にen blocに摘出すべく周囲組織より鋭的に離断して行く。 この際に内側方向はfimbriaがあるのでそれより内側の切除はこの段階では止め、前端・後端・内側の順に離断を進め、さらに海馬を挙上すると、海馬溝が同定できそこへ出入する海馬動脈や静脈が吊り下がるように同定できる。 そこで後方から順に電気凝固・切断の操作を繰り返すことにより、すべての海馬を中心とする構造へのconnectionが断たれる。
すなわち海馬および傍海馬回がen blocに摘出できたことになる。海馬が摘出できたら、残りの内側構造の摘出および扁桃体の摘出に移る。 歯状回、内嗅野を摘出し、扁桃体の下端を挙上すると前脈絡叢動脈および視策が同定できる。 これらを損傷しないように注意しながら、扁桃体を可及的に摘出する。 初期のころは扁桃体とその上部構造との境界の同定が困難であったが、経験ととともに充分な摘出が可能となった。 恐らく現在行われている手術のほとんどで扁桃体のbasalateralnucleusのみの摘出が行われていると思われる。
我々の手術法ではcoricomedialnucleusも摘出可能であるが、側頭葉てんかんの治癒にcorticomedial nucleusの摘出が本当に必要であるかは不明である。 扁桃体の摘出がすめば、選択的海馬扁桃体の手術の完成である。 脳底静脈・後大脳動脈・前脈絡叢動脈・視策・後交通動脈・動眼神経・中脳などが死腔に認めることができる。 本手術では前脈絡叢動脈・海馬動脈などすべてのvital vessels/structuresをその抹消部分の終末部位で捉えるために、それらの近位部での損傷がおきない点に最も大きな利点があると考えられる。