変革期の教育と弁証法 46判上製 326頁 本体 2400円 |
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グローバル時代を見すえるとき、競争的環境の質的変化と教育への市場原理の浸透や子どもたちのアトム化(孤立化)を総合的に読み解く視点を抜きにして、現代の教育を考えることはできない。
第一に、「市場個人主義」の時代において、子ども・若者はストレスと緊張が増し、市場原理的な競争社会からくる「潜在的な暴力性」(前出、J.ボードリヤールの用語)を強めてきている。だから、「荒れる」「むかつく」という行動の裏にある、そうしたストレスや緊張へのある種の「異議申し立て」的な発信を受け止め、その表明すべき中身に意味を付与し、その表明の場を保障していく行動の支援こそ、教師には求められる。 第二に、社会の競争が激しく進み、目に見えない管理と強制が職場を介して強まり、地域では階層的分化が進行して、おとなどうしが孤立化と分断化に投げ込まれている。その中で、過剰に競争への適応を求めるあまりの心理的虐待・身体的虐待(アビュース)や、競争離脱的な放任の傾向(これも別のアビュース)がそれぞれの家庭の中に拡がり、これらによって何らかの心的外傷体験をこうむった子どもが増えてきている。その体験自体は疾患ではないが、そこから派生する後遺症によって、またその心的外傷体験のある子どもがいじめや暴力の被害にあうという二重の体験によって、疾患と診断されるようなケースも出てきている。 第三に、今後は、「〈他者〉が問われる時代」である。二O世紀の負の問題をひきずると、このままでは〈他者〉を操作しようと暴力に頼り、結果的に〈他者〉を喪失していく時代となる可能性が大きい。しかも、新たな競争環境(新競争主義)がそれを強化しつつある。その不安や孤立感は、旧能力主義によるそれとはかなり異なる内的葛藤を子ども・若者に引き起こしている。かれらが、「何でもあり」と称されるように傍若無人に振る舞い、はしゃぎあい、誰彼無く嘲笑とゲームの対象にしていくのは、〈他者〉が見えず、逆にそれを欲する現象である。 そうだとすれば、この〈他者〉探しの行為がもつ自立的でかつ発達的な意味を理解し、教師・父母みずからが共生的な他者としてかれらの〈横に〉立ち並ぶことのできる社会的関係の変革がいっそう必要になっている。 以上の諸課題はすべて、目の前の子ども・若者の抱える「否定的問題」をグローバルな見地から、また臨床的な目で、肯定的に読み解こうとする弁証法的な主体性によって、はじめて解決可能である。本書が、「弁証法」という哲学用語をつかう意図もそこにある。(「序章」より一部改定) 序章 変革期の教育 一 グローバル時代とはどういう時代か 二 競争的環境の質的変化と教育への市場原理の浸透 三 子どもたちのアトム化 四 教育は変わりうるか 五 研究活動と弁証法的方法 第一部 原理編 I 変革期の民主主義および普通教育と教育実践の課題 一 現代の参加民主主義に至る系譜 二 民主主義を揺るがす日本の政治と教育 三 新たな中教審路線の学校像とその人格支配の構図 四 教育実践をめぐる諸課題 II 人間的自立における他者の問題 ――アザーリングと教育―― 一 『精神現象学』におけるアザーリングの三つのアスペクト 二 相互承認の問題と自己・他者関係 三 子どもと教師におけるアザーリングと自己・他者関係 補論 へーゲルの哲学と人間形成の弁証法解題 一 へーゲル哲学の意義 二 ヘーゲル精神哲学の内的構造および諸問題 三 「労働=陶冶過程」の問題 第二部 学校改革編 III 変革期の教育方法研究と教育実践 一 子ども・若者のリアリティ 二 教育方法を取り巻くポリティックス 三 指導の転換をせまる市場個人主義の拡張 四 子どもたちと共に公共的な世界を発見する知的旅としての指導 五 子どものアザーリングが求める指導の再生 六 教育実践主体像の転換〜他者性の時代に〜 IV 学校コミュニティの再建 一「学級崩壊」問題の特質 二「学級崩壊」の弁証法的意味 三 学校コミュニティ再生の課題 V 人間的自立の弁証法的見方と教師教育 〜学校社会臨床の可能性〜 一 教師教育の実践的スタンスとは何か 二 問題現象をとらえる認識方法 三 学校社会臨床の可能性 四 臨床と指導の統合的な実践構想力 五 グローバル化を読みとる総合力 第三部 教育実践編 VI 道徳性の問題と生活指導の意義 一 市場個人主義時代の道徳性 二 新競争主義と「心の教育」の大いなる矛盾 三 子どもたちの「心の闇」を解き放つには 四 生活指導の道筋〜三つの原則〜、三つのステップ- VII 孤立化から共同に 暴力を超えて信頼の世界を 一 最近の「教育改革」をどう見るか 二 暴力を超える道筋をどう見通すか 三 新世紀を照射する生活指導・集団づくりを VIII 最近の少年事件と「生」の臨界の崩れ 一 新競争主義下で起きている少年事件 二 相次ぐ少年事件に共通していること 三 「生」の臨界の崩れ 四 「少年恐喝事件」の構図 五 「教育改革国民会議」に見る問題のすり替え IX 心的外傷の問題とエンパワーメント 一 心的外傷と〈他者〉の問題 二 いじめに取り組む生活指導の臨床的立場 三 子どもの自立とエンパワーメント |
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