読書ノート 反戦詩集編集委員会編『反戦アンデパンダン詩集』

ごまかしの言葉に打ち克つために

松岡慶一(編集者)

 『反戦アンデパンダン詩集』は、アメリカの詩人サム・ハミルらのブッシュ政権のイラクヘの攻撃に反対する「反戦詩運動」に呼応して、日本の詩人たちに、石川逸子、木島始、甲田四郎、佐川亜紀らが呼びかけ、それに答えて、三一三篇もの詩が寄せられ、それが本書に編まれたものである。佐川さんらは、米英によるイラク攻撃・武力行使への日本政府の支持表明に対して、詩篇と抗議文を提出している。
 私はこの間アメリカのアフガニスタン攻撃、イラクに対する武力行使に対して反対する集会・デモに参加してきた。イラク戦争反対運動では、若い人たちが新たに戦争反対に立ち上がっていくのをみて何か希望のようなものを感じたが、イラク戦争終結宣言が一方的に出されたあと、日本では、有事立法、イラク支援法が成立し、運動の困難を感じている。他方、私は、一九五〇年代の『死の灰詩集』一アメリカのビキニ環礁での水爆実験に対する抗議として編まれた当時のアンデパンダン詩集)などの「事件詩」をHOWS文学ゼミ(本郷文化フォーラムワーカーズスクールの有志参加のゼミ)で検討してきた。それは、詩に何ができるのか、詩は現実に対して無力であるか、という問いであった。この二つの問題をこの詩集を読みながら考えた。
 詩を寄せた人の思想、詩法、主題はさまざまであっても、アメリカのイラク攻撃に反対して、一篇の詩を(声を)送るという一点において集まったことに、私はこの詩集の大きな意義を感じる。
 佐川亜紀さんは、「編集にあたって」のなかで、「戦後詩は、戦中の詩人たちがファシズム体制にのみこまれて戦争詩・愛国詩を書いたことを深く悔い、批判し、方法まで革新し、新たな知性と感性を創ろうとしてきたのではなかったか。」と書いているが、戦後詩の運動の意味を改めて問い直そうという詩人がいるということは私を勇気づける。また、アメリカの「戦争に反対する詩人たち」のメールの言葉「ブッシュ政権のイラクにおける爆撃と砲弾の猛攻撃は彼らの大仕掛けな誤報とごまかし言葉に反映されている。その言葉はメディアがすすんで繰り返し使っているものだ。暗殺計画は〈好機を使って狙う標的〉、市民を殺すことは〈二次的損傷〉、侵攻は〈解放〉と言っている。今まで以上に世界は詩人の声を聞く必要がある。……人命の損失を軍事用語で言いつくろうこととは反対に、詩は希望と苦しみ、そして可能なことに対する夢を共に経験する方法を提供するもの」であるならば、この詩集は、そのことに近づく試みだろう。
 三一三編の詩のあるものは、パレスチナ、アフガニスタン、イラク、パキスタンの難民キャンプで、傷つき、死んでいく民衆――子供たちについて語っている。日中戦争・太平洋戦争で他国の人を殺し、戦場で死んでいった日本の兵士たち、空襲――絨毯爆撃、広島、長崎の死者たちの記憶をたどりながら、戦争に向き合おうとしている詩。日常生活のなかから、戦争に痛めつけられている人々に思いを馳せたもの。戦争反対の呼びかけ。戦争のメカニズムを暴いたもの。イラク戦争反対のデモの何気ない一齣。朝鮮半島――北東アジアの平和を訴えているもの。それぞれがそれぞれの仕方で戦争のあらわれとその本質――隠されているものに向き合おうとしている。
 私は、詩の最後にしばしば記されている生年に目がいく。年齢は、一九一三年生まれの栗原貞子さんから、一九九四年生まれ、小学三年生の木村としたろう君まで、戦争の体験を伝える人から、これから学びながら生きていこうとしている人まで幅広い。これらの詩は、この機会に寄せられた詩ではあるが、個人の経験をとおしたアジア・太平洋戦争からイラク戦争まで六〇年以上に及ぶ日本の民衆の歴史を映しているように思う。
 私自身も、この詩集を読んで、自分の生き方、感じ方、戦争のあらわれに対するたたかい方を、いつも問い直していかねばと思った。次々と起こる(起こされている)事件をすぐに忘れることで私たちは生きている。常に感性が鈍くなるよう訓練されているのだ。石垣りんさんの『弔詞』のなかでの言葉のように「眠っているのは私たち。/苦しみにさめているのは/あなたたち(死者たち)」だから。
 この詩集にも「億年つづく放射能――劣化ウラン氈vを寄せている、詩誌『列島』で活動してきた『岩国組曲』の詩人御庄博美さんの詩集一現代詩文庫一の詩人論に同じ『列島』の詩人長谷川龍生さんは「(戦争体験の風化とのたたかい)問題は事実の伝承である。……その伝承の本質は、戦争をくい止める力になりうること、戦争をおこす勢力に対して、感性的にも、倫理的にも、現実的にも、すべての面において打ち克つことが可能となること。」と書いている。それは同時に、アフガン、イラク、パレスチナで傷ついて死んでいく子供たちに対する想像力のたたかいでもあろう。
 それをここに詩を寄せられた詩人たちはやろうとしていると思う。
 私たちが、眠らず、真実を隠しごまかす戦争勢力の操作に打ち克っていくためには、多くの人たちが呼びかけ合う必要がある。この詩集を多くの人と共に読んで、短兵急ではなくじっくりと、これらの詩と対話しながら、困難な現実を切り開いていきたい。(創風社刊・二四〇〇円十税)

『社会評論』no.135より

国際的な反戦詩運動に連なって

佐川亜紀一詩人一

 私が言うまでもないが、日本は今かなり危なくなっている。ブッシュ大統領の大義無きイラク戦争に荷担するばかりか、有事三法の成立、自衛隊派遣、果ては憲法の改悪まで行きそうな雰囲気である。
 で、本当に恐ろしいのは、これだけ戦後の平和思想がなし崩しに壊されているのに、批判の声が小さく、高まらないことである。日本の現代詩は戦後詩とほぼ同義であり、無思想で死を讃える美学を否定し、自己陶酔ではなく「拝情の科学」を目指していたので、日本人の美の快感気質から外れ異端であったが、その抵抗精神もバブル経済以後薄れていた。
 イラク戦争を行なったアメリカではインターネットによる国際的な新しい反戦詩運動が生まれた。最大の運動は、日本文化にも通じているアメリカの詩人・編集者サム.ハミル氏が「Poets Against the War」(戦争に反対する詩人たち一(http://www.poetsagainstthewar)のサイトを立ち上げ、イラク戦争に反対する詩と文をアメリカ全土と全世界から募った。約一か月で一万五千編の詩が集まり、三月五日「反戦詩の日」に米国議会に提出され、イギリスでも一万編が同日ブレア首相に提出された。イギリス、カナダ、オーストラリア、ベトナム、ポルトガル、フランスなどでも連帯する反戦詩のサイトが開かれていった。
 日本にもハミル氏の呼びかけが伝わり、詩人の本島始さんが寄稿し、創風社のHP「木島始の部屋」で公開された。私も重要な運動だと思い「佐川亜紀のホーム・ページ」に呼びかけと訳詩、木島さんの詩を載せ始めた。『毎日新聞』『北海道新聞』「日本ペンクラブ文藝館」『すばる四月号』『しんぶん赤旗』などでも紹介されていった。
 「三月五日を反戦詩の日に」の提案に応じ、ベトナム戦争経験者で青山学院大学教員のパウンズ氏らが渋谷で朗読会を開き、日本でも反戦詩を集めて政府に提出しようと呼びかけ、私にもメールが届いた。
 反戦詩運動をする力もないので、しばらく迷っていたが、何も言わないと日本全体が武力行使を支持していると思われかねない、韓国ではアフガン攻撃反対で詩人も含め文人たちの声明が出ているのに、何かアピールしないとまずいと思い、木島始さん石川逸子さん、甲田四郎さんに相談し、最初の呼びかけ人になってもらい反戦詩集編集委員会として三月十九日から日本でも詩篇を集めることにした。
 四月四日には、集まり始めた詩篇を公開するHP「戦争に反対する詩のぺ-ジ」(http://www2u.biglobe.ne.jp)を日本語と英語で立ち上げネットでも呼びかけた。HPを開設している人やネット詩人も広めてくださった。
 四月十日の締め切りまでに二八七編の参加があり、呼びかけ人八二名のうち一〇人が一五日に内閣府に出向き、小泉首相あてに提出し、四月十八日には、英訳を頂いた三十編をブッシュ米大統領とブレア英首相に送った。四月二十五日には、英訳と他言語訳六〇編を国連とユネスコに郵送した。『東京新聞』、『朝日新聞』、『中日新聞』、『しんぶん赤旗』でも紹介され、月刊詩誌『詩学』六月号で小特集、『詩と思想』九月号で米・日の反戦詩特集が組まれた。
 締め切り後も参加があり、最終的に三一三編となり、『反戦アンデパンダン詩集―2003年詩人たちは呼びかけ合う―』として創風社から出版していただいた。一般書店で購入可能。世代も詩法もさまざまなユニークな反戦詩集になった。最高齢は原爆詩人として著名な栗原貞子さん、最年少は小学三年の木村としたろう君。在日韓国人・朝鮮人詩人八名・在日米詩人一名が参加。本を発行した段階で私たちの反戦詩集編集委員会は解散したが、参加した亀田道昭さんが、「人間の盾」活動をされた方の講演会で詩を展示し、伊藤芳博さんは八月にパレスチナに行き「世界の子どものための平和祭」で英訳された詩や英文アピールを発表など、それぞれの平和活動、創作活動を続けている。HPには神戸の中学生から平和教育のレポートに引用したいとメールがあった。米国・韓国・台湾の詩人に贈呈し、早速台湾の詩人・陳千武氏より共感の手紙を頂いた。広島平和記念資料館や日本現代詩歌文学館その他多くで登録保存されることになった。
 アメリカの運動は現在も続き、私も英訳して頂いた詩を寄稿した。サム・ハミル氏の熱意は相当なもので、HPのトップに出る声明文も普遍性・説得力を感じる。反戦詩集には昔から批判もあるが、こうして草の根で国境を超えて声を交わすことは今ますます大事だと思う。ささやかながら時代の流れに異議を唱えた日本の詩人たちの反戦の思いと証言をお読みください。

『社会評論』no.135より(10/16日追加)