子どもの絵から心の成長を探る!
 不透明なポスターカラーのような水彩絵の具の色を太い筆につけて下書きをしないで,何枚でも絵を描く環境があれば,子どもは自分の意志で絵を描くことができます。その絵は子どもがその時までの成長の間にもってきた人間的な環境とそのときの感情によって描かれます。そのプラスの感情もマイナスの感情も自己表現することによって昇華され,コントロールされ前向きのエネルギーになり,次第に成長してゆきます。もちろん一人一人の子どもの感情の成長はそこにいる母親を中心とした家族の意識の人間的環境よってそれぞれの違いをもっています。悲しい感情も喜びの感情も絵に描くことによって無意識に不満を乗り越えたり,喜びを自分の中に取り込んで創造の世界に入ってゆくことができます。それは子ども自身の自立のための精神的な闘いといっても過言ではないでしょう。2歳前後の年齢になれば男女の別なく日常生活の何に対しても知るために自分でやりたがる探究心が激しく芽生えてきます。その研究心の意志はまわりの大人の無理解と衝突することになります。ここにあげた3人の子どもの絵(A,F,M)はそれぞれ何ヵ月かの間に何十枚も描いた中から主な成長と変化を選び出したものものです。また大人の絵 (T) も子どもと同じ方法によって自分の意志によって描くことによって自分の無意識の感情を発見することができるようです。
A1:3歳11ヵ月のときに描いたものです。母親が妹を妊娠していて以前のように抱っこしたり,おんぶしたりするのが困難になっていました。母に甘えようとしても母親は体を動かすのが大変なためについ叱って子どもの甘える行動をおさえつけることが多くなっていました。母の怒りはたびたびになっていったのでしょう。保育園でも大人の顔色を伺うようになっていました。赤ちゃん「嫌い」と口走ってもいました。絵は寂しさを持った黒で必要以上に力の入った激しい縦線の多い絵になってこの子の怒りが感じられます。保育園に行きたくないということも多くありました。
A2:4歳2ヵ月 母親の出産後約1ヵ月後に描いたものです。母が赤ちゃんのために忙しくしていることに気を使って我慢していることが多くなり,母に言われたことに知らん顔をしたり,にらんだりすることが多くなってきました。絵は大きな丸になって我慢の感情があふれる怒りとなって表現されています。寂しさのためか絵の具の色を自分のところに全部持ってゆく姿もみられました。
A3:4歳7ヵ月 出産後のK子の変化を心配して担任の保育士に相談に来ました。母親との相談の中で担任は赤ちゃんの手をはなしてもよいときは母親のほうから手を差し伸べてスキンシップを積極的にしたほうがよいということを強く勧めました。絵は甘えたい黄色と穏やかな線と点になっています。甘えるということは子どもにとって体の中からでてくるどうしても必要な感情なのです。甘やかしというのは子どものしていることに頼まれもしないのに手助けや口出しをすることです。 A4:4歳9ヵ月 K 子の母親は相談の中で「私は子どもが嫌いなのです」とこともなげに何度も言うのです。理由を聞いてみると「どう取り扱っていいかわからない」というのです。さらに話を聞いて見ると自分を育ててくれた母親も「子どもは嫌いだ,子どもは嫌いだと」言いながら育てたというのです。この母親の妹も子どもは嫌いだと言いながら育ているそうです。「どう取り扱っていいかわからない」という彼女の疑問には相談の途中から K 子が入ってきて背中にくっいていたのでこんなふうに自然に接すればいいとアドバイスしました。この絵を描く少し前親戚のおばさんが来て「もっと甘えなさい」と K 子に話していったそうです。それからは赤ちゃんに向かって,K 子のママなんだからといったり,時には軽くたたいたり,つねったり本当の気持ちがだせるようになりました。絵のうえにも甘えたい感情がはっきりとでてきています。
A5:4歳9ヵ月 A4 の絵から16日後の絵です。お盆休み中に妹の耳を引っ張ったり,つねったりするのを見て母が K 子に聞いて見ると「ママは妹のじゃなくって K 子のなんだ」 と泣きながらいいました。言えなかった本当の気持ちがやっと言えたんだと母が気づきました。K 子を赤ちゃんのようにダッコしてやると何回もダッコ・ダッコと言ったり,おっぱいを飲みたいといって飲むまねをしたり,また妹が泣くと母についてきて妹をだかせないようにしたり「妹のママじゃないんだから」と妹を泣かせることもありました。そして保育園にゆくのはいやだとも言っていました。絵は激しい感情が閉じ込められているようです。 A6:A5の絵からさらに10日ほど過ぎて,親と2人できて描きました。2人だけになれて甘える感情に満足していたのでしょう。黄色の上に青を重ねるときは甘える感情と自立しようという感情の混乱だといわれています。甘える感情を満足したときに自立に向かってゆくことをこの絵は物語っているのでしょう。
F1:5歳0ヵ月(長女) 母親が第3子の臨月となる。母親が妊娠している間や臨月に近づいたりするとこの絵のように何か肉体を感じさせる形が絵のうえにしばしば表現されます。これを見たとき保育士さんたちは「子宮のようだ」と声をあげたそうですが多くの人は同じ感じを持つことでしょう。絵から受ける感じは子どもの絵を見るときもっとも大切なことの一つです。幼児の絵は多くの場合無意識の感情に支配されて描かれています。 F2:5歳2ヵ月出産の前日描いた絵です。これも F1 の絵と同じような肉体的な感じを持っています。黄色は甘えたい感情を多く持っているときに使われる色ですが,形も2つの乳のようにも見えます。乳は幼児にとって愛情を象徴するものでもあります。このころ保育園では短い時間でも保育士のひざの中に入ってきて「お話読んで」と独占する姿が多く見られました。母親は夫の身勝手な行動がずっと続いているために疲れをいつも持っていてF子のことをつい叱ってしまうこともありましたが,子どものしたことも自分が叱ったことも肯定的に考えられるようなっていました。
F3:5歳2ヵ月 母は第3子の男の子を出産しました。出産したあと母は産院で生活して,F 子はお父さんと我が家で暮らしていたときに描いた絵です。幼児の絵では形はどんなものであれ中心に描かれてあるものが自分なのです。大きなオレンジ色の楕円形のものが自分を象徴しています。オレンジの色も甘えたい気持ちや依存したい感情を持った色です。それを紫色の太い線で抱きかかえるように囲っています。母親がいない寂しさをお父さんにしっかり守ってほしかったのでしょう。
F4:5歳8ヵ月 第3子出産から約6ヵ月が過ぎました。父親の身勝手さは相変わらずで家に帰ってこない日もありました。母は3人の子どもを抱えて精神的にも肉体的にも消耗しきって赤ちゃんに与える乳さえも出が悪くなっていました。園長と保育士さんたちは3日がかりで F 子の家へ行ってかたづけと掃除をして,お父さんと話し合い「子どもたちが気持ちよく生活するためにボイラーとシャワーはつけてほしい」と要望してそれは実行してくれました。父は毎日のように酒を飲み遊んでくるだけでお金は持っているけれども妻にはあまり渡さないようです。この絵は人が何かに押しつぶされるような感じに描かれています。これは母親の生活の大変さを感じて描いているものと推定することができます。幼児の絵では顔が描かれている場合その表情は心の表情だと考えても間違いではないようです。同じ日にこの図柄で紫色を使いもう1枚描いています。
F5:5歳11ヵ月 さらに4ヵ月が過ぎ赤ちゃんが生まれて9ヵ月が過ぎました。 母親が働きに出て保育園にも全日こられるようになりました。母の生活の安定,気持ちの安定は子どもの心に大きな変化をもたらしていることをこの絵は教えてくれています。地球のような安定した大地の上に大きく手を開いて楽しそうな顔は F4 の顔の表情とはまったく違った楽しそうな明るい顔に変わっています。 線の引き方もスムースなゆったりとしたものになっています。保育士はやりがいを大いに感ずるところでしょう。
F6:5歳11ヵ月  F5 の絵からさらに2週間が過ぎて描いた絵です。安定した気持ちは人間の中にある創造する力,知ろうとする力が全面的に出てきています。この絵はあたらしい実験と研究に立ち向かってゆこうとする自信と緊張感が感じられます。中心に大きく描いた木は自分の心を象徴しているのでしょう。堂々と自己主張ができることを表しています。そして枝と葉は未知の世界に進んでゆく緊張感と期待でキラキラと輝いています。