2021年新年の挨拶(2021.1.1)

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 2020 年は2月頃からコロナウイルスの拡大が表面化し,1年を過ぎても拡大が止まりそうもありません。ワクチンも出て来ましたが,効果があるのか,効果はどのくらい続くのか,副作用はあるのか,どれも不明なまま進行しています。大学や大型書店が開かれませんと,アマゾンのようなネット販売が中心になります。
 そういう中で次の出版物をこの1年間で出しました。

 相澤與一 生活の「自立・自助」と社会的保障――グローバリゼーションと福祉国家
 松尾隆 脳性麻痺とジストニア
 富田満夫 慢性骨盤痛――筋骨格系からのアプローチ
 石毛・小菅・伊藤 わかりやすい薬理学 第14 版
 2021 年版 子どもカレンダー
 詩集2点(高橋千秋「画家との出会いから」,櫻井美鈴「還る場所」)

 2020 年の新刊は,例年の50%でしたが,約400 点の既刊本の出庫は1年間,通常のように続けることができました。新刊をおさえて既刊本の流通の方に力点を置いてやって来たコロナ禍の1年間でした。
 学術書出版を柱の1つとする我々にとって2020 年の特色は,やはり政治の世界からの学術研究への直接介入の問題が大きなことだったように思います。私たちのような学術専門書の出版をする中小出版社はかなりあります。学術書の出版(人文・社会科学では)は次のようにすすむのが普通です。研究内容は,大学や学会が発行する学術雑誌への発表,またさまざまな研究会での発表,そういうかたちで自己の研究を積み重ねてそれから,内容がだんだん体系化されてきたものを1つの知の体系としてまとめた学術書を出版し,広く関係者に問題提起します。そのとき,学術書を出版する出版社はその出版を引き受けます。人文・社会科学系の場合,発行部数は500 〜1000 部ぐらいで,A5 上製で出します。定価を高くしても,赤字になるのが普通です。赤字でも学問の進歩のためには,出版する必要があります。そのためには文部省の出版助成,各大学にある出版助成制度などを利用して,出版します。その他,いろいろな工夫をして学術書を出版するわけですが,その仕事を通して,さまざまな広がりが生まれて出版社は全体として黒字になり,出版の仕事を続けてきました。しかし,学術出版の世界はだんだん経営が厳しくなり,かなり知られているところでも廃業や倒産に追いこまれるところがでています。
 学術専門書の出版はいつも困難な仕事でした。私がこの分野の仕事で最初に担当したのが,現代社会学大系全15 巻(世界の社会学古典から,6人の編集委員が15 点をえらんでスタートしたもの。原書は英語,ドイツ語,フランス語,ロシア語,各巻平均500 〜600 ページを超える大著ばかりです。)の仕事です。第1回配本1969 年〜第15 回配本は1996 年で,約27 年間かけて完結しました。出版社の編集者は交代で4人,スタート時の担当者2名で7冊刊行し,私は3人目の編集者で15 年間で6冊完成しました。残った2冊を4人目の編集者に引きつぎ,私は独立して創風社をつくりました。私が担当した巻の編集委員は日高六郎(東大),北川隆吉(法大),田中清助(名大)の3人で,訳文の検討まで含めた大きな協力をしてもらいました。学術出版の困難の典型のような仕事です。しかし,この全15 巻の出版によって,日本の社会学研究の土台のようなところがつくられたように思います。編集委員,訳者の方々の努力は後ろに続く研究者のためにありました。
しかし,まだまだこの全15 巻の本の生命力は続いているのに,版元の出版社は廃業しました。
 学術研究(特に人文・社会科学)で得られた真理の生命の長さを理解出来る権力者がほとんどいなくなり,何年続くことになるかもはっきりしない時の政治権力が真理の探究に干渉して真理を権力に都合のいいようにゆがめても当然という考え方が強くなって来ました。
 今でも政治権力は検定制度で教科書の内容に干渉したり,人事権・研究費の配分などで常に学術研究に干渉を続けています。権力による学術研究への介入があると必ず多くの人が反対の声を上げます。2月11 日を建国記念日とすることについて,多くの歴史学者が学問上の根拠がないことを明らかにして反対しました。皇室の一員であり,オリエント史の研究者でもあった三笠宮は,歴史学者としての立場から反対の意見を表明しました。学問研究・真理の探究ということは,社会全体にとってそれほど重いものです。
 私は,オリエント史研究者である太田秀通先生に2冊(『世界史認識の思想と方法』他)の歴史理論書を書いてもらったことがあり,太田先生は本が完成すると三笠宮に贈呈していました。同じオリエント史の研究者として学術研究上の交流があると太田先生はいってました。
 また小学校国語教科書にのっている児童文学作品が反戦的なので,改訂のときそれらを落とすようにというキャンペーンがあったこともあります。このときは,日本書籍の教科書の編集委員であり,児童文学者でもあった古田足日先生が中心になり,『国語教科書攻撃と児童文学』という本の出版にとりくんだ経験もあります。古田足日先生は編集会議の場で,「自分はどんな遠方に仕事に行ってても,教科書の編集会議があるときは必ず帰ってくる。なぜなら,今の日本では,国語教科書でしか児童文学を読む機会がない子どもがまだまだ多い。1点でも多くのすぐれた児童文学を教科書にのせたい」と語っていました。40 〜50 年前のことです。
 学問研究の自由,言論・表現の自由,出版の自由は,決して時の政治権力によってゆがめられてはなりません。それが社会の進歩の前提条件です。

                        創風社 代表取締役 千田 顕史

 2020 年はコロナウイルスが蔓延する中で,時短勤務をしながらようやっと数点本を出せました(自費出版を含む)。
 スタッフ減などの事情をかかえ,製作実務にも再び携わり一層の生産の工夫の必要にせまられそうです。今年もよろしくお願いします。
                     

                           創風社 編集長 高橋 亮