(16.2.29更新)
第1回 「難治性てんかん」に創風社がとりくむのはなぜか
創風社(千田顕史)
「難治性てんかん」について創風社が出版するようになって、20年を超える。障害児を育てている全国の保育園の人たち(保育者と父母)と障害児医療に関する学習会の世話をする中で、たくさんの最先端の研究者と出会った。保育園に来る障害児は自閉症、てんかん、脳性麻痺、染色体異常、ダウンなどさまざまであったが、今、日本の医学はどこまでこれらの障害にとりくんできたか、世界の医療はどこまで治療ができるのか、どこから先が未知の分野か、こういうことがわかるような本の出版が期待されていた。そういう中で、当時、鳥取大学の脳神経外科医の堀智勝教授と出会うことになり、堀教授の難治性てんかんに関する研究を3回にわたって出版することになった。堀教授はその後、東京女子医大脳外科教授、日本脳卒中外科学会会長、日本脳神経外科学会会長と文字通り、日本の脳研究のトップリーダーとして活躍する中で着実に「難治性てんかん」の診断と外科治療を進歩させてきた。
この20年間にも難治性てんかんに対する社会的認識の低さから、デパートでてんかん発作で意識を失ってトイレに行ったのに、それを万引と新聞で報道され、都会議員を辞職した女性、また大型重機を運転していて意識を失い、何人もの小学生を犠牲にした事件(これは、薬を飲み忘れて発作が起きたと報道されたが、てんかんの薬を飲んでも発作が起きる難治性てんかんではないかと私は思った)、その他にもただのてんかんではなく、難治性てんかんではないかと思われる事件はいくつもあった。医療関係者の中でも難治性てんかんについての理解が不充分で、堀先生の友人である旭川医科大学の田中達也先生の話を一度聞いたが、田中先生は「なかなかてんかんの外科治療を理解してもらうのはむつかしい」と言っていた。
この難治性てんかんについてもう少し関係者の理解が深まれば、新聞報道されている悲劇は防げるのではないかということを20年間ずっと考えていた。創風社の2015年8月発行の『難治性てんかんの診断と外科治療』はこのテーマの最新の研究成果なので医療関係者やてんかん患者の家族の方にも読んでほしいので何回かにわけて解説してみたい。(2016.123更新)
第2回 堀先生との出会い(2016.1.30更新)
障害児を0歳から育てることによって、もっと障害を軽減したいという思いをもつ全国の保育園の人たちの中心リーダーは、さくら・さくらんぼ保育園の斎藤公子先生でした。斎藤先生が島根県の保育の指導に行っていたとき、たまたま地元の新聞に堀先生のてんかん外科の手術によって、発達の困難な子どもが成長している姿が記事になっていました。東京に戻った斎藤先生から鳥取大学の堀教授に会いたいので、至急会合の場をつくってほしいとの連絡をうけ、堀教授、斎藤公子先生、私の3人が東京で会ったのが難治性てんかんに創風社がとりくむ出発でした。堀教授は東京大学医学部脳神経外科の佐野圭司先生のもとで、てんかん外科を学ばれ、佐野先生が育てた多くの先輩脳外科医からも指導を受けて、パリのサントアンヌ病院のタレイラック教授のもとに留学しました。サントアンヌ病院はヨーロッパのてんかんセンターでもあり、ここの留学中のてんかん外科の成果をまとめたのが『てんかんの外科治療』(創風社、1994 年)です。このあと、第16 回日本脳神経外科コングレス(1996年学術研究集会)会長として、世界中からてんかん外科を専門とする脳外科医を松江によんで、てんかん研究の世界水準を日本に紹介すことになります。このコングレスは堀教授が世界の第一線の研究者を松江に招き、約2000名の参加者で3日間にわたって開かれました。朝7:30〜夜10:00まで、朝の7:30分〜8:30分はモーニングセミナー、昼の12:30〜13:30までランチョンセミナー、夜の19:00〜22:00までイブニングセミナーと食事をしながらも研究会を開いていて、内容の濃い研究会でした。なかでもアメリカの神経内科医師リューダース教授は日本の学位も持っていて日本語と英語の講演を2本もされて、いずれも『難治性てんかんの治療』にのせてあります。それだけでなく、学会の忙しい中を時間をとってくれ、保育園のてんかん患者の関係者の30名ほどとの話し合いもしてくれました。我々が世界の第一線のてんかん研究者と出会うスタートでした。その成果をまとめたのが『ビデオ てんかん外科』全6本と『難治性てんかんの治療』です。
この本に登場する脳外科医はその後、日本の、世界の第一線で活躍を続けています。たとえば東北大学の中里信和先生は当時、助手でしたが、今では、東北大学病院で日本で唯一の「てんかん科」を名乗る教授として活躍しています。
第3回 難治性てんかんとは何か(2016.2.4 更新)
日本には約120万人のてんかん患者がいて、そのうち難治性てんかんは成人で25%、小児で13%、全体で17%でおよそ20万人います。また、毎年8万〜9万人の新しい患者が日本で発生しています。その17%(約1万5,000人)が難治性てんかんといわれます。
てんかんの薬を飲んでも発作がとまらない人が全部難治性てんかんではありません。適したてんかんの薬が処方されていないために発作が起きるケースもけっこうありますので、やはりてんかんの専門医の診断と治療を受けても発作が止まらないケースを難治性てんかんというべきでしょう。てんかんの薬物療法も全国的には水準がまちまちで、全国どこでも平均水準のてんかんの薬物治療が受けられるようになるのが大事なことだと思います。
てんかん学会は10数年前から、てんかんの専門医の認定制度をつくり、全国のてんかん治療のレベルアップをはかってきました。第1回の認定医は180人(全国で)ぐらいでした。それからかなり時間がたちましたので、今は1,000人ぐらいになっているかと思い、専門医の研究者に聞いたところ、まだ500人に達していないということでした。資格としててんかんに関する医学論文も求めているので、なかなか思うように増加していないようです。
てんかんの専門医の薬物療法を受けても、発作が止まらない患者が難治性てんかんですが、多くの難治性てんかんの関係者は発作が止まらない場合、次の治療があるのですが、そこまで進まず、あきらめるケースも多いようです。
難治性てんかんという診断をされたら(2016.2.6 更新)
日本のてんかん治療は、薬を飲んでも発作のとまらない難治性てんかんという診断が出ても、次の治療にはなかなかすすみません。しかし、乳幼児や小児では、その先の治療をしないでいると重度の精神発育遅滞を起こす可能性があります。成人ですと車の運転中に意識を失ったり、働くことなどで影響が出たり、社会生活においてさまざまな制限が生じたり、他の人に思いがけないことを引き起こしたりすることもあります。また抗てんかん薬をいつまでもやめられないため薬の副作用が起きたりもします。
薬を飲んでも発作の止まらないてんかんとわかったら、難治性てんかんにとりくんでいる医療機関に受診するのがいいと思います。難治性てんかん患者すべてにてんかんの外科治療が適用されるわけではありません。てんかんの外科治療ができるかどうかは、さまざまな角度から、脳の中でてんかんの起きる病巣を検査して、場所を突き止めます。
またその部分の脳機能はどういうものかも調べていきます(マッピング)。
堀先生の最初の本『てんかんの外科治療』(1994年)のころは、MRIもようやく1.5テスラーが出はじめたころで、大きな病院でも1.0テスラーのMRIでした。fMRIはまだ出ていませんでした。1.0と1.5のMRIの写真を比べてみたことを今でもおぼえています。かなりの違いでした。また脳溝を調べるMEGはようやく東大病院に入ったぐらいです。そういう時代から20年以上たって、脳の中を調べる医療機械の進歩はめざましいものがあります。
正しい判断で最小の切除ができる時代にきたのでしょう。
てんかんと脳性麻痺と自閉症(カナーの見つけた自閉症)に関連はあるか?(2016.2.6 更新)
堀教授が会長として聞いた第16回日本脳神経絵かコングレス(1996年)では世界中から第一線の研究者があつまってきた学会だけあって、注目される内容がいくつもあった。コングレスの報告書の『難治性てんかんの治療』(1997年、創風社)の47ページに藤元登四郎先生が小児自閉症の子どもは成人に達するまで25%〜33%にてんかんがあると報告している。この本の75ページには東北大学の中里先生がてんかん診断におけるMEGとfMRIのメリット・デメリットの論文を出されている。アメリカでは自閉症患者の100人ぐらいをMEGを使って検査したら、約30%の自閉症の脳溝にてんかんの病巣を発見したということを堀先生から聞いた。また、同書156ページでは日本語でも講演したリューダース教授は頭皮脳波(普通に使われている脳波計)では脳回(脳の平らなところ)に6?以上の病巣がないと異常波をキャッチできないと報告した。脳溝の異常波はMEGを使うことが必要なのである。
治療がむつかしい自閉症児も30%ぐらいはてんかん治療が必要だということで治療の道があるかもしれないが、日本ではMEGの検査負担のせいかアメリカのような研究はまだない。
また同書の266ページにはフランスのリヨン大学のサンドウ教授が報告している。我々、障害児を育てている保育園のグループにはたくさんの脳性麻痺児も育てていて、みんな早期発見早期訓練(ボイタ法)を10年以上やっていて、その効果は出ないで、あきらめの境地になっていた。
堀教授に相談したところ、脳性麻痺は神経の興奮が続いて、その神経が支配する筋肉が硬化して、関節の変型をもたらすことが多いので神経の興奮をおさえる治療が欧米ではかなりの実績がある、リヨン大学のサンドウ教授は相当の治療成績があるという話をしてくれた。その後のことはこのホームページの(医療・障害者医療のページ)に出してある。
保育園に来る障害をもった子どもはてんかん・自閉症・脳性麻痺を合せるとかなりの数になり、てんかん治療を治療の柱にすえると今まで何もできなかったことが少し見通しが出てきたように思った。
第4回『難治性てんかんの診断と外科治療』の紹介(2016.2.29更新)
この本はてんかんに関する薬物治療をふくめて、外科治療までわかりよく書かれているので、てんかんにかんする総合的な本として位置づけられます。しかも世界のてんかん、研究をふまえて書かれているので、今の医学研究の最先端の本ともいえます。くわしくはホームページを参照して欲しい。外科治療については、 難治性てんかんの病巣をどのように検査でつかまえていくか、 その部分の脳の役割はどういうものか(手術後の生活に支障はないか)、 どのような外科治療の方法があるか、の3点が中心テーマになります。
てんかんの病巣をつかまえていくには、さまざまな検査が必要です。てんかんの原因については、本書77ページに明確な原因(血管性、先天性、外傷性、腫瘍など)は全体で30パーセントで、あとの70パーセントは原因不明とあります。てんかん病巣の場所をつかまえるために、3テスラのMRI、またMEG(脳磁図)、PET(糖代謝)、SPECT(脳血流や発作時の脳血流)、EEG(脳波)fMRIなどを使って、てんかんの病巣をつかまえていきます。それを具体例(図や写真を使って)を出しながら、詳しく説明していきます。ここのところは、年々進んでいますので、『てんかんの外科治療』(1994年)、『難治性てんかんの治療』(1997年)と比較しますと、かなり進歩しているように思います。『難治性てんかんの診断と外科治療』は2015年の出版で、20年の進歩は感じられます。
『てんかんの外科治療』
『ビデオ・てんかん外科、難治性てんかんの治療』
『難治性てんかんの診断と外科治療』
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