既刊案内 (2010年 10/13日発売)
鳥山重光著(元東京大学農学部・元農業環境技術研究所環境生物部)著 水稲を襲ったウイルス病
|
わが国の主要作物である水稲や麦類に発生するウイルス病の研究は,既にかなり進んでいた。とくに,イネ萎縮病のウイルス学的研究は世界的レベルを超えているという認識をみんなが持っていたと思う。
イネ縞葉枯病は,水稲の被害の深刻さといい,流行期間の長さといい,研究者にとって遣り甲斐のある重要な研究対象であった。一方,病原ウイルスは,新しいタイプの特性をもったウイルスであったし,著者にとって,縞葉枯病研究は「ウイルスとは一体何なのか」を問う,興味の尽きない生命体,イネ縞葉枯ウイルスとの出合いとなった。縞葉枯病の大発生は,この病原ウイルスが展開した謎の多い一連のドラマとみることもできよう。イネ縞葉枯病の病原ウイルス研究に30年ちかく携わってきた著者が,数多くの研究者たちがかかわってきたこのイネ縞葉枯病と病原ウイルス研究を整理し,概観できるものにしようと思い立ったのがこの著書である。しかし,いざ始めてみると実験に明け暮れて全体を見ることをしてこなかったものにとって,容易な作業ではない。不十分ないたらない記述は,参考文献で補っていただけるようできるだけ掲載につとめた。(本書 序章より)。わが国の水稲栽培とウイルス病の発生、被害の原因をその根底から見直し,縞葉枯病大流行の2大要因である媒介昆虫と病原ウイルスに秘められた未解決問題に迫る意欲的著作。
序 章
第1部 イネ縞葉枯病の突発的な流行と媒介虫ヒメトビウンカ
第1章 わが国の稲栽培とウイルス病発生の背景
第1節 江戸期の新田開発と集約稲作
第2節 明治維新と農業技術開発
参考文献
第2章 奇病,幽霊病の発生と原因究明
第1節 群馬県立農事試験場が原因調査を開始
第2節 西ヶ原農事試験場による病原体の調査・研究
参考文献
第3章 栗林数衛技師による媒介昆虫の発見
第1節 稲縞葉枯病は昆虫が媒介する「萎縮性病害」
第2節 昆虫類による伝染試験
1 イネムクゲムシ
2 浮塵子類
第3節 栗林技師の稲縞葉枯病の研究
参考文献
第4章 イネ縞葉枯病と経卵伝染
第1節 栗林数衛技師の経卵伝染実験
第2節 イネ縞葉枯病の経卵伝染,その「追試験」
第3節 経卵伝染発見をめぐる問題
――稲萎縮病の経卵伝染と村田藤七――
参考文献
第5章 関東地方におけるイネ縞葉枯病の流行と防除対策
第1節 農務局の対応――指定試験
第2節 天野悦平の“幻の”研究報告(原稿)
第3節 天野悦平の調査と試験研究成績
1 イネの生育程度と発病との関係
2 吸汁時間と発病との関係
3 加害頭数と発病との関係
4 媒介能力の獲得
5 野外におけるヒメトビウンカの発生状況
6 縞葉枯病の防除とウンカの駆除
参考文献
第6章 西日本一帯で異常発生したイネ縞葉枯病
第1節 縞葉枯病激発地域における被害の実態
参考文献
第7章 1960年代イネ縞葉枯病の大流行とその背景
第1節 戦後食糧増産,米麦の作付面積推移と縞葉枯病発生
第2節 麦類の栽培とイネ縞葉枯病の発生
1 ムギ類と縞葉枯病(コムギ縞葉枯病)
2 水田裏作麦類栽培とイネ縞葉枯病
3 不可解な突発的なイネ縞葉枯病の発生
4 麦間直播栽培とイネ縞葉枯病流行
第3節 早期,早植栽培の普及と縞葉枯病の流行
1 栽培技術の進歩
2 病害虫防除技術
3 田植えの早期化
参考文献
第8章 ウイルス病の大流行と農林省の調査・研究
第1節 縞葉枯病の突発的大発生と「特殊調査」
第2節 農林省が稲縞葉枯病に関する「特別研究」開始
参考文献
第9章 ヒメトビウンカの発生生態と縞葉枯病伝播
第1節 ヒメトビウンカの発育,繁殖の特徴
第2節 ヒメトビウンカの発生と縞葉枯病伝播のタイミング
第3節 ヒメトビウンカとイネ縞葉枯ウイルス
第4節 ウイルス保毒虫率と縞葉枯病発生
参考文献
第10章 地域別でみた縞葉枯病発生の妙
第1節 北海道における縞葉枯病の流行
第2節 東北,北陸地域では縞葉枯病の発生が少ない
第3節 何故,千葉県では縞葉枯病の発生が少ないのか
第4節 関東地区の縞葉枯病激発地帯の実態
参考文献
第11章 イネ縞葉枯病抵抗性品種の育成と利用
第1節 縞葉枯病抵抗性遺伝子探索の実際――幼苗検定法――
第2節 縞葉枯病抵抗性品種(遺伝子)の探索
第3節 インド型イネの抵抗性遺伝子
――遺伝資源の中の“金塊”――
第4節 縞葉枯病抵抗性イネ中間母本と実用品種
1 中間母本
2 実用品種の育成
第5節 抵抗性品種栽培と縞葉枯病発生の消長
参考文献
第12章 イネ縞葉枯病大流行の真相への問い
第1節 ヒメトビウンカ個体群が遭遇しているウイルス感染
第2節 イネ縞葉枯病の病原体はヒメトビウンカのウイルス(仮称= HiStV)
である
第3節 媒介昆虫のウイルス研究と昆虫ウイルス学者たちの立場
――境界領域の研究課題か――
第4節 ウンカ・ヨコバイ類の大量発生から稲ウイルス病の大流行が始まった
第5節 ヒメトビウンカ集団における HiStV 大流行――その要因
1 経卵保毒虫率と吸汁獲得保毒虫率
2 ウイルスの変異株とヒメトビウンカの生態型
第6節 ヒメトビウンカは感染防御機構をもっていないのか?
1 昆虫がもっている感染防御機構
2 HiStV が保毒ヒメトビウンカに及ぼす影響
3 HiStV――保毒ヒメトビウンカの“無毒化”現象
第7節 イネ縞葉枯病流行の疫学的問題は何も解決されていないか
第8節 「問い」のおわりに
参考文献
第2部 奇異なRNAウイルス Rice stripe virus
第1章 イネ縞葉枯病の“枝分かれ糸状粒子”
第1節 イネ縞葉枯ウイルスの抽出と精製
1 枝分かれ糸状粒子
2 2重鎖構造物
第2節 海外の研究者による類似ウイルスの精製
参考文献
第2章 イネ縞葉枯ウイルス(RSV)の病原性の本体
第1節 ウイルス精製法の改良
第2節 精製ウイルスの感染力試験
第3節 あらたに見つかった分画の感染性
第4節 イネ縞葉枯ウイルスの病原性に必須の RNA 分子
参考文献
第3章 イネ縞葉枯ウイルス粒子の電子顕微鏡像――その構造
第1節 糸状ウイルス粒子の多形現象
第2節 高塩濃度下の RSV 粒子像
参考文献
第4章 糸状ウイルス粒子に結合している RNA
ポリメラーゼ活性
第1節 RSV-RNA ポリメラーゼ活性と測定条件
第2節 イン・ビトロで合成した RNA 産物の解析
第3節 巨大分子量の RNA ポリメラーゼ蛋白質とその可溶化
第4節 RSV-RNA ポリメラーゼ活性と塩類の影響
参考文献
第5章 イネ縞葉枯ウイルスのゲノム構造と遺伝子
第1節 RSV のゲノム構造とその特徴
第2節 遺伝子発現とメッセンジャー RNA の転写機構
第3節 RSV-RNA 末端のパンハンドル構造
参考文献
第6章 ポリメラーゼ遺伝子からみたイネ縞葉枯ウイルスの起源
第1節 核酸の複製とポリメラーゼ蛋白質の機能
第2節 RSV の RNA ポリメラーゼのアミノ酸配列
第3節 ゲノム構造から見えてくるイネ縞葉枯ウイルスのルーツ
参考文献
第7章 世界各地に発生するテヌイウイルス属ウイルスとウイルス病被害
第1節 テヌイウイルスによる作物のウイルス病と被害
1 イネ縞葉枯病
2 イネ・グラッシースタント病
3 イネ・オーハブランカ病
4 トウモロコシ・ストライプ病
第2節 テヌイウイルスの地理的発生分布
参考文献
第8章 イネグラッシースタントウイルス:テヌイウイルス属の中の変りものか
第1節 テヌイウイルス属のなかの RGSV の位置づけ
第2節 RGSV RNA ポリメラーゼの相同性比較
第3節 RGSV とトビイロウンカの独自の餌嗜好性
――イネ属植物の選択性
参考文献
あとがき
補遺 高田鑑三の論文「萎縮病稲試験成蹟」(1895)の再評価
はじめに
第1節 稲萎縮病の原因解明のための調査・試験
1 歴史的経過
2 玉利喜造と稲萎縮病研究
第2節 高田鑑三論文にみる有害ヨコバイの同定,命名に関する記述
1 高田らが試験に使用したヨコバイの詳細
2 農科大学白井光太郎助教授と稲萎縮病とヨコバイ
3 理学博士佐々木忠次郎の浮塵子に関する論文
4 再び,高田論文の有害ヨコバイは何を指しているのか
5 1895〜1900年頃の浮塵子の同定に関連したわが国の文献
[要 約]
第3節 滋賀県農事試験場が実施した稲萎縮病研究
1 滋賀県農事試験場の創立
2 新たな研究体制とその研究成果とは
(1)害虫試験成蹟報告第一報
(2)害虫試験成蹟報告第二報(明治33年,1900)
(3)「害虫試験成蹟報告」と高田論文の成果との関連
3 植物ウイルス虫媒伝染発見の記念石碑
第4節 西ヶ原農事試験場と稲萎縮病研究
1 滋賀県産と東京産ツマグロヨコバイと稲萎縮病
2 滋賀産ツマグロヨコバイの卵と萎縮病
3 西ヶ原農事試験場の研究スタッフ
第5節 福士貞吉博士と稲萎縮病研究
おわりに
参考:鳥山重光著『黎明期のウィルス研究』A5判上製 180ページ 2000円